男性の健康(前立腺癌)
1. 前立腺癌とは
前立腺は男性にのみ存在する臓器で精液の一部を作ります。膀胱の下にあり、尿道を取り囲むように存在します(または前立腺の中を尿道が貫通している)。通常はクルミ大の大きさで直腸の前方に接するようにあるため、肛門から指を挿入すると触れることができます。
前立腺癌はアメリカでは男性に発生する癌の第一位で、日本でも急速に増加しており、天皇陛下をはじめ著名人(三波春夫、森 喜郎元総理、渡辺恒雄読売新聞社長など)が前立腺癌に罹患しています。一般に進行の遅い癌とされ早期に生命に危険が及ぶ可能性は高くありませんが、前立腺癌による死亡数も年々増加しています。
前立腺癌は加齢とともに増え、食生活の欧米化、有用な腫瘍マーカー(PSA)により発見率が増えています。
2. 前立腺癌の症状
前立腺内に癌がとどまっている限局性癌(早期癌)の場合は癌特有の症状はありません。これは癌が前立腺の外側にできやすいためです。ときに排尿困難や夜間頻尿など排尿に関する症状を伴うことがありますが、これは前立腺肥大など癌とは異なる病態によってもたらされるもので、たまたま併せ持っていることが少なくありません。
前立腺内の癌が大きくなり、尿道や膀胱、精嚢腺など前立腺周囲へ影響し始めると、排尿の症状以外に血尿や精液に血液が混じる、勃起障害(ED)などの症状が出現することがありますが、無症状のこともあります。
転移を伴うと転移による症状が出現することが有ります。転移はリンパ節と骨にしやすい特徴が有ります。リンパ節に転移すると下肢のむくみが出現することがあります。骨に転移すると、神経を圧迫したり骨がもろくなって折れたりつぶれたりすると強い痛みを起こすことが有ります。脊髄を圧迫すると下半身麻痺になることがあります。癌による疼痛に対しては積極的に疼痛対策(モルヒネやフェンタニールなどのオピオイドや補助薬、放射線など)を行います。
3. 前立腺癌の診断
直腸診、腫瘍マーカー(PSA)、超音波などで前立腺癌が疑わしい時に生検を行い、顕微鏡検査(病理検査)で癌が証明されれば確定します。年齢や状況によりますが、一般にPSAが4以上であれば癌の心配があるとされています(注意:PSAは炎症や肥大症など他の要因に影響を受けることがあり、PSAは万能ではありません。また年齢により基準値が異なります。担当医とご相談ください)。レントゲン検査(CT、MRI、超音波など)で前立腺癌の有無を診断する事ができないケースもあり、PSAが高値のため生検を行ってはじめて診断されるケースがあります。
生検を行っても癌が検出されない場合があります。これで癌がないと結論付けることは難しく、引き続きPSAの推移を見る必要があります。疑わしい場合は再度生検を行わなければなりません。生検の詳細は「前立腺生検について(PDF)」を参照してください。
生検で得られた組織内に癌細胞があった場合に悪性度を評価します。これを分化度といい一般に高分化、中分化、低分化、未分化などと表現され、この順に細胞の悪性度が高くなります。前立腺癌の場合はこの分化度の表記以外にグリソン分類というものが国際的にもよく用いられます。これは細胞の分化度を1から5の5段階に分け、癌組織の中に多く占められている分化度と次に多くを占めている分化度を表記します(癌組織のなかは均一ではなく、いろいろな分化度の細胞が混在しています)。 | ![]() |
4. 前立腺癌の鑑別診断
前立腺肥大症 | : | 前立腺肥大症があってもPSAの値が高くなることがあります。また、前立腺癌を疑っていない状態で前立腺肥大症の手術を行ったときに癌が偶然見つかることもあります。 |
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前立腺炎 | : | 炎症を伴う場合にもPSAが高くなることがあります。急性炎症の場合は高熱を伴いますので容易に鑑別できますが、慢性炎症の場合はしばしば鑑別困難なことがあります。 前立腺肉腫など |
5. 前立腺癌の病期診断と病期分類(ステージ)
おおまかには次の検査法のいずれか、または組み合わせで癌の有無と進行度(病期)を評価します。
癌の疑い | : | 直腸診、PSA、経直腸超音波 |
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癌の有無 | : | 前立腺生検(経直腸的、経会陰的) |
癌の広がり | : | 経直腸超音波、MRI、直腸診、CT |
転移の有無 | : | CT、骨シンチグラフィー、単純レントゲン、MRI |
進行病期(ステージ)にはいくつかの表記があります。
a:病期A、B、C、D


b:TNM分類
国際的に用いられる分類でTは腫瘍の発生した臓器での広がり、Nはリンパ節転移、Mは遠隔転移(離れた臓器への転移)をそれぞれ示したものです。NMは0であれば転移なし、転移があれば1と表記します。Tは数字が小さいほど腫瘍の周囲への広がりが小さくより限局していることを意味します。
6. 前立腺癌の治療
前立腺癌の治療法の選択には、病気の状態(進行病期、病理検査、PSA)と患者さまの状態(年齢、併存する他の疾患、健康状態など)が判断材料として用いられます。
推奨される治療法が一つの場合もあれば、複数の治療法から患者さま自身に選択していただく場合もあります。
転移性癌の場合
年齢を問わず初期治療に内分泌療法が選択されます。
局所進行癌の場合
検査でリンパ節転移が認められなくても顕微鏡レベルで転移があったり、手術(前立腺全摘)では腫瘍が残存する可能性があります。そこで内分泌療法と組み合わせた治療法を行います。
- 内分泌療法(放射線前後)+放射線治療(外照射)
- 内分泌療法(術前)+手術(前立腺全摘)
- 手術(前立腺全摘)
限局性癌の場合
高齢で病理検査が高分化の場合は無治療で経過観察をすることがあります。経過中PSAの上昇や前立腺癌による症状が出現する場合は内分泌療法などを追加します。
75歳以下(期待余命10年以上)の方で、心肺機能などに問題のない場合は前立腺全摘手術を選択することができます。
80歳以下の方の場合、放射線治療を選択することもできます。放射線治療には体の外からあてる外照射と前立腺内に永久的に留置する永久留置小線源治療(内照射)があります。
外照射にはいくつかの照射方法があり、照射方法によっては治療に十分な72グレー以上(後記のグラフ参照)を照射できないことがあります。これは照射方法によっては直腸や膀胱に障害が発生する可能性が高くなることがあるからです。十分な照射量と障害の予防には3D原体照射かIMRTという照射方法(特殊なもので陽子線や重粒子線)が望ましいことになります。当院ではIMRTで76グレー以上照射しており、障害も軽微なものです。
前立腺全摘の概要
下腹部を縦に切開して前立腺と精嚢腺、周囲のリンパ節を摘出し、膀胱と尿道を直接吻合する手術です。
入院に要する期間はおおよそ10日から2週間程度です。手術1-2日程前に入院していただき、手術後7日程度で抜糸と尿道カテーテルを抜きます。膀胱と尿道の吻合部のつきが悪い場合はしばらく尿道カテーテルを留置しておきます。 | ![]() |
放射線治療の概要
放射線治療は、欧米では日本よりも積極的に行われており、全摘手術と比較して手術そのものの危険性がないこと、性機能の温存に優れていることが評価されています。
放射線治療には体の外から照射する外照射と前立腺の中に直接放射線を発する小さな線源を埋め込む内照射(永久小線源刺入法:ブラキセラピー)があります。病気の状態により、内照射、外照射のいずれかを選択でる場合と外照射と内照射を併用した方が良い場合、外照射の方が良い場合があります。 | ![]() |
内照射は短期間入院をしていただき、麻酔下に前立腺に針を刺して前立腺内に放射線を出す線源を留置する方法です。血尿や排尿困難(時に尿が出なくなる)、頻尿などの症状が一時的に起こり得ます。放射線性物質を体内に留置するので、周囲の人への配慮が求められます。なお、治療後1年以内に何らかの理由で死亡した場合は、前立腺ごと線源を摘出することが法律で定められています。内照射と外照射を併用する場合は、内照射後約1ヶ月して外照射を行います。方法は前述のとおりですが、併用する場合は外照射の照射量が少ないので治療期間は約4-5週となります。 | ![]() |
内分泌療法の概要
内分泌療法またはホルモン療法と表現しますが、内容は同一です。 | ![]() |
この内分泌による効果は個人差があり、治療により十分にしかも長期にわたって効果が得られる場合もありますが、効果が十分出なかったり、一度効果が出たとしても再び効果が落ちてしまう(効果が長続きしない)ことが起こり得ます。このように治療に抵抗性を示し再びPSAが上昇したり、癌の進展を認める状態を「再燃」と言います。このような現象が起こるかどうか、起こるとしたらいつ起こるか予測することは困難です。
治療に抵抗性を示した場合は、これまでの内服薬を中止したり、他の薬剤へ変更したりする必要があります。
限局性癌の治療法別成績について
75歳以下で合併症のない限局性前立腺癌の場合、前立腺全摘と外照射、内照射、外照射内照射併用の再燃率はほぼ同等という報告があります。それぞれの治療の特徴を考慮して治療法を選択してください。 | ![]() |
なお、それぞれの治療法を行ったあとに再燃をした場合の追加治療は、以下のとおりです。
- 前立腺全摘→放射線(外照射)→内分泌療法
- 前立腺全摘→内分泌療法
- 外照射→内分泌療法
- 内照射→内分泌療法
- 外照射内照射併用→内分泌療法
2013年5月